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世界自然遺産登録20周年記念「現旧町長鼎談」(4/4) | 屋久島マルシェ

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世界自然遺産登録20周年記念「現旧町長鼎談」(4/4)

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全4回にわたる新旧町長鼎談も、いよいよ最終章になりました。屋久島の舵取りを経験する3人の船長(荒木耕治現屋久島町町長、矢野勝已旧上屋久町町長、日高十七郎旧屋久町町長)が語るこれまでのお話では、「小さい頃の話」「町長になろうと思ったきっかけ」「屋久島環境文化村構想とは?」「世界遺産登録秘話」などが語られました。最終章では「屋久島の利用調整について」「旧(前)町長から現町長へのエール」など、行政に関わった3人のそれぞれの、屋久島の未来へ向けた熱い想いがたっぷりと語られています。

第3回「現旧町長鼎談」はこちら

 

「屋久島というフィールド使って教育をやりたいんですよ」

荒木 私ら小さい頃、亀の卵をよくとったじゃないですか。

矢野 食うために捕ってたよな。

荒木 あの頃大人たちに、100個捕れても必ず20、30個は残せと言われてきました。それを誰からともなく教わったような気がする。

日高 加減をわきまえれば誰もなんも言わんとな。

矢野 何のため残すとか、そんなこといちいち教えてくれないんですよ。後になって自分で学ぶんです。それが地域の教育だった。

荒木 あと、山とか川とか海とかで小便する時も「ごめんごめん」と言いながらしたり。

屋久島マルシェ(以下YM):これこそ屋久島環境文化村ですね。

矢野 そうです。

日高 やっぱり島に住んでいる人たちが、この島の本質を見失わないようにしないといけないですね。

荒木 ところでおふたりは、孫をどこで遊ばせてるの?

日高 海か山か川やな。

矢野 昔みたいに遊具を子どもたちに作らせたらいいかもね。

YM 先のお話で出てきたように、鳥を釣って焼いて食べるとかどうですか。

矢野 そんなことすると、今の時代「かわいそう」と言う人が出てくるだろうな。本当は命の循環なんだけどね。それを通して命の尊さを学んでるんだけどな。

日高 まさに「共生と循環」ですな。屋久島の貴重な共有財産です。

荒木 実はね、この屋久島というフィールド使って教育をやりたいんですよ。屋久島高校に環境学科を作って全国から生徒を集めたいんです。それについては、下宿代や寮費の町の負担も考えているんです。

矢野 町長、それはすぐに取りかかるべきやが!

日高 いいですね。まさに環境文化村構想のストライクゾーンの話ですね。

荒木 そりゃ財政は苦しいですけどね。やっぱり教育っていうのは時間もお金もかかる。やんちゃしてた私が教育のことを語るのはおかしいかもしれんけど(笑)。

日高 そんな人が教育を語るとむしろインパクトがある。

全員 (大笑)

矢野 環境学科やろうじゃないですか。すぐに取りかかって!

「これからの屋久島をどうしていくかを考えよう」
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YM それでは最後に、行政としてこれからの屋久島を語っていただけますか。

荒木 私が今思っているのは世界自然遺産イコール観光じゃないということ。今国内にも世界遺産が増えてきているけど、屋久島は世界自然遺産のトップリーダであるべきだと思っているんです。

矢野 世界自然遺産を食い物にしちゃいかんよね。

荒木 十七郎さんが利用調整(縄文杉への一点集中を避けるため、繁忙期の入山制限を行う条例を提案した)をしようとしたのも、この島の本物の自然を残すためだったんじゃないかって、私は思ってる。

日高 そうです。私はね、この島の共有財産の利用調整についてちょっと精査を欠いた雑な条例を議会に提案してしまった。そしてそれを否決されたという経験を持っている。でもね、利用調整自体は絶対に必要なんです。例えば入島税なんかもそうですけど。やっぱりね、現場で仕事をしている人たちはこの島の共有財産を残すという意識を明確にもってもらいたいんです。

荒木 わかります。話は少し変わるかもしれませんが、今、職員に言っているのは「企画をどんどん出せ。自分たちで考えよ」ということなんです。いい企画書を作って、「屋久島はこういう方法で行きますんで県はここをしてください、国はここをしてくださいと言え」といってるんです。そのためなら私は頭を下げに行く。

日高・矢野 なるほど。

荒木 自分たちが生まれた島を自分たちで作ろうと思わんのか、ということなんですよ。途中修正もやぶさかでない、と私は思うんです。もちろん時と場合にもよりますけど、少しぐらいは修正をしていけばいいじゃないですか。さっきの利用調整の話もそうですけど。ある程度は走りながらいろいろ考えるのもいいでしょ。これまでの20年間を振り返り、良いところも悪いところもきちんと検証しよう。そしてこれからの屋久島をどうしていくかを考えよう。そのためのルール作りや屋久島方式がすごく大切だと思っているんです。

日高・矢野 それは大賛成やな。

日高 常に完璧なものでなければならないというと、物事はいつまでも進まない。条例が一部修正もありということを念頭におきながら進めていく時代に入ってもらいたいですね。そうすりゃ目くじら立てて行政に対して「こいつらなにをすっか!」というような発言は出なくなりますよ。

荒木 私たちは手探りの中で新しいものを作っていくわけです。この島を未来永劫、自分たちの子どもや孫に今よりも豊かな自然を残して、ここに暮らす1万4千人の島民がそれによって生業が成り立って豊かになっていくために。私は60歳までの間に自分のことは全部済ましてきました。自分がこの島で生まれてこの島で好き勝手なことをさせてもらったんで、これからはこの島のために一所懸命やろうと思っています。

矢野 なら1人船長で頑張ってもらわないと。私たちは2人で両方の船の網を引っ張ってきたから。特に十七郎さんは合併で島がひとつになってから、湾の外まで船を出してくれたからね。

全員 (大笑)

日高 (笑)私は初代屋久島町町長として船出までは担当しましたからね。あとは「波風荒き屋久の島」の唄よろしきを得て、航海してほしいですね。

荒木 (笑)はい。もうひとつギアを上げて、屋久島町方式でやっていきます。

日高 (矢野さんを見ながら)大丈夫そうだね。

全員 (大笑)

〈完〉


全4回にわたる新旧町長鼎談いかがだったでしょうか。鼎談は終始和気あいあいとした雰囲気の中進んでいきました。ひとりの屋久島人として、そして「町長」という職の経験者として語る3人のお話は、屋久島が太古の昔から続けてきた「自然と人との共生と循環」、その本当の意味を気付かせてくれたような気がしました。豊かな自然と島民を乗せ、世界へと漕ぎだした屋久島という船。この島で脈々と受け継がれてきた営みこそ、終わりのない航海を導いてくれる羅針盤となるのでしょう。

取材協力:屋久杉自然館

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